2006/11/28

終わりと始まり。

自分は現在進行形で好きだから、なかったことにして欲しくない、とか

忘れたい過去にしないでくれ、とか、そういうのは全てただのエゴでしかないわけで。

だけど、自分が今も胸張って好きだ、と言えるものを生み出した人たちがその事実を

否定したいと思っているんだとしたらそれを悲しいと思うのは当たり前で。


消えたのがあまりにも突然で

当然心の準備などできているはずもなく

己の心の中のそれが占めていた部分にぽっかりと穴が開き

それを埋める術を持たないまま5年が経ち。

穴が開いていることさえ忘れかけていた時に新しい音に出会った。


新しい音はあくまでも新しい音であり、ぽっかりと開いている穴にぴったりとはまるわけはなく

穴は穴のままでいたのだけれど。



「よかったよね。」



という一言の重みをずっしりと感じて、秋の空の下の笑顔と自由な声を思い出して。

漸く自分の中で決着がついた。

あの日、彼等は歩みを止めて。

『彼等』という存在は失われて。

だけど彼等が生んだ音は消えないし。私はそれを好きなままでいればいいだけ。

できれば彼等にとっても「悪くない思い出」にいつか変わって欲しいと願う。

今、笑ってることを心の底からよかったと思っているのは私も同じなんです。

心の穴には今も尚残っている彼等の音を埋め込んで。それだけでいい。

それよりも、今の笑顔を明日も明後日も見たい。



もう昔の話をするのはやめようと思った。

それよりも、今生み出してる音について聴きたいことがいっぱいあるんだ。

名古屋で会えたら聴いてみてもいいだろうか。

昔の話を向こうから振ってくださったりもするんだけど。

それは楽しくてちょっと切ない思い出話であればよい。感傷はもう持ち込まない。



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